「Re-Design」STORY vol.3
「ホテル イル・パラッツォ」の再定義とリデザイン

1989年の「ホテル イル・パラッツォ」開業にあたり、中心的な役割を果たしたのは全体のアートディレクターでデザイナーの内田繁氏だった。そのDNAは、半世紀近くの時を経た今、「Re-Design」プロジェクトにおいても継承されることとなった。
内田氏が2016年に亡くなった後、その想いと理念を受け継ぐ「内田デザイン研究所」のメンバーたちが、「ホテル イル・パラッツォ」の新しい姿に挑んだ——。
内田デザイン研究所の所長である長谷部匡さん、稲垣留美さん、奥野ゆかりさんに、「Re-Design」の経緯と経過、プロジェクトにかける思いを聞いた。
「ホテル イル・パラッツォ」の再定義
新しい「ホテル イル・パラッツォ」を考えるにあたり、最も重要となるのは言うまでもなく「デザイン」そのものだ。「ホテル イル・パラッツォ」は、創業時にアートディレクターを務めた内田繁氏が立ち上げた「内田デザイン研究所」をパートナーに選定し、プロジェクトを進めることに決めた。

準備室で取材を受ける長谷部さん(左)、稲垣さん(中央)、奥野さん(右)
内田デザイン研究所の所長・長谷部匡さんは改装計画の話を受け、プレッシャーを感じながらもプロジェクトへの参加を決めた。実は長谷部さんは、ホテルの開業当時から内田氏と仕事を重ねた唯一のメンバーである。
それから、同事務所の稲垣留美さんと奥野ゆかりさんがとともに、時間をかけてていねいに開業時の姿を紐解きながら、「ホテル イル・パラッツォ」の再定義を行った。
ホテル側への最初の提案は、2021年10月14日に実施された。
内田繁氏が当時、アルド・ロッシ氏らと描いていた計画を、長谷部さんたちはどのように見直し、解釈して、現代にふさわしい形式にあてはめていったのか。

「最初にやったことは、当時の状況と考え方をできるだけ読み取り、理解することでした。そのなかから当時大切にしていた考えとここで再生することの価値を見極めること、たとえば、建築と一体化したインテリアという考えや属性によらない純粋なデザイン思考のようなものとかで、もう一つは、まったく新しいものをつくるというより、単純な再現はしないけれど、その造形的記憶をどう散りばめ、再構成しながら過去と現代をつなげるか、ということでした」(長谷部さん)

「最初の提案で私たちが打ち出したテーマは“記憶のコラージュ”でした。ストライプや列柱、赤・青・緑の色彩といったキーワードを拾いながら、アルド・ロッシ氏らと内田が描いた世界の残像を現代に置き換えていくことで全体を構成しようと考えました」(稲垣さん)
内田デザイン研究所チームはこの段階で、プロジェクトの指針として以下の6つの視点を提示した。
① 当時のテーマを読み込み再解釈する
② 「パラッツォ」のかたちを再考する
③ ロッシと内田へのリスペクトを象徴化する
④ ボキャブラリーの引用と現代的解釈
⑤ 誰にも心地よいプライベートな客室
⑥ ファインデザインの継承(Interior as Art)
現代の
「ホテル イル・パラッツォ」は
どう生まれ変わった?
それから、ホテル側のプロジェクトチームとも協議を重ね、現代の「ホテル イル・パラッツォ」像を少しずつ固めていった。
エントランス

エントランス部分は、内田デザイン研究所による最初の提案をベースにつくられた街からホテルへの境界だ。当初はライトアップされた明るい色彩の空間だったが、ホテルチームと協議を重ね、創業時のホテルの基調カラーであるダークブルーを採用した。
エントランス奥に見えるモチーフは、かつて内田氏がデザインしたフラワーベースだ。

「エントランスは、ラウンジへと続くトンネルのような役割です。フラワーベースを置いたのは、ゲストを歓迎するささやかなメッセージを込めたかったから。『直線のなかにある曲線』『人工のなかの自然』というコントラストもポイントです」(奥野さん)
地下のダイニングラウンジ「EL DORADO(エル・ドラド)
光と闇が織りなす神秘的なエントランスを抜け、エレベーターで地下へ降りると、広大なラウンジに導かれる。振り向いた先には奥へと連なる列柱の空間がオリジナルのロビー空間を暗示している。
そして、奥で黄金に輝くシンボルは、かつて「4つのバー」でアルド・ロッシ氏がデザインしたバーの内装の一部をそのまま移築。その手前の作品は、内田繁氏が晩年に手掛けた「Dancing Water」と呼ばれるインスタレーションだ。時間の経過に合わせて変化する水の動きが、光とともに映し出される。

Shiro Kotake
ラウンジの奥に広がるこの空間は、都市のパラッツォにある中庭のように開放的な中心をつくる場でありながら、アルド・ロッシ氏と内田繁氏へのオマージュであり、ホテル イル・パラッツォの歴史を再構築した象徴的な場でもある。
また、テーブルや椅子などの家具は、ラウンジの多様な使われ方に合わせて今回のために新たにデザインされた。


客室、室内
客室は地上2階から7階までの全77室。スーペリアクイーンとデラックスキングの2タイプに加えて、2階には天井の高いバルコニー付きの客室を新設した。
パブリックなくつろぎの場である地下のダイニングに対して、客室は完全なるプライベート空間だ。かつて内田氏が客室には「利用者の快適さ」を求めたように、Re-Design プロジェクトのメンバーも「現代の快適さ」を表現しようと考えた。

Nacása & Partners Inc.
ゆったりした天井高とトーンを落とした配色のほか、注目したい特徴はラグジュアリーなベッドまわりだ。ベッドは、通常よりはるかに高い70センチに設定。マットレスやリネンにもこだわり、上質なくつろぎを与えられる空間に仕上げられている。
スーペリアクイーンの一例
客室テラス(イメージ)
家具は内田デザイン研究所により、内田の意匠を汲み取ったデザインにまとめられている。

なお、エレベーターホールや廊下には、内田氏がデザインしたインテリアのほか、開業時に使われていた置時計「ディア・モリス」や内田の代表作のひとつである照明「ウォーボ」も時折姿を見せる。

Thomas Libiszewski

Nacása & Partners Inc.
「ホテル イル・パラッツォ」
再生への希望
長年の経過を経て、「ホテル イル・パラッツォ」の再生に携わる内田デザイン研究所。その存在と役割が再定義され、再び同じ地域で新しい息吹が吹き込まれることは、地域にとっても業界にとっても大きな価値を持つと考えている。

「ホテルが完成すれば、館内の至る場所で開創業当初の世界観と価値観を感じることができると思います。当初の内装を知る人にとっては、今回の『Re-Desingn』は記憶をくすぐるようなものかもしれません。
都市もデザインも、生きながら変化していくべきものです。そして、その時代と場所にふさわしいデザインをすることこそが、内田が問い続けた命題でした。
そうしたなかで今、『ホテル イル・パラッツォ』を傘下に置くいちごグループが“心築”という理念を掲げ、ホテルの存在価値を考えるところから再生に取り組まれたことは、我々だけでなく、当時の関係者にとっても一縷の希望をつなぐものです」(長谷部さん)
当時のデザインは現代において、新たな意味やメッセージを帯びはじめ、再び見る人を魅了する。時代を越えた“記憶のコラージュ”はきっと、今を生きるたくさんの人々に特別な体験をもたらしてくれるはずだ。


